いろいろ空想してそれを文字にしています。haiku、10行の話、空想レシピなど。
by 空想家sio


BYE-BYE おしゃれストリート(65行DEお話)

「マジすか?」

わたしがこの町を出ると言ったら
キクズ(本名葛岡元樹、26才芸人志望)が
びょーんとその細いカラダをのけぞらして驚いた。

「憧れて住んだ町だったんじゃないんすか?
アルバイト掛け持ちして家賃払って、会う人会う人に
わたし、あそこの住人なの、って自慢してた癖に!
そいでもって、えっ?あそこに住んでるの?
おっしゃれ~!!、て言われるのが
澪さんが唯一、生きてる感を発動できる瞬間だったのに~!?」

キクズは容赦が無い。
痛いところを連打で突いてくる。

(確かにわたしは美容院でも行きつけのカフェでも
SNSでも、○○在住ということで、自分を語ってきた。
仕事を聞かれても、むむむ、とごまかし、
ひたすら街の話題を振り、オーガニックでナチュラルで
それでもって可愛いもの好きのアーティストの雰囲気を装ってきたのだ)

「うるさいっ!」

わたしはキクズの口を作ったばかりのおからの煮物で塞いだ。


わたしは○○町から少し離れた巨大団地の近くにある
庶民派スーパーのお総菜コーナーでアルバイトとして働いている。

週5日、8時間労働。頭には白いきのこのような帽子をかぶり
マスクをしてゴム長を履いて(女子とは思えない格好)朝8時から働いている。

「そういうことで明日は引っ越し。ここ休むから頼むね」
「了解っす、おから、うまっ!」(おからはキクズの好物だ)



引っ越しのトラックがやってきた。
単身者用引っ越しなので、青いつなぎを来たお兄ちゃんが
ドライバーをかねて、独りでやってきた。

お兄ちゃんはてきぱきと働き、ものの30分で
荷物をトラックに積み、それじゃ向こうで、と行ってしまった。

(向こうとは隣の市に新しく借りたアパートだった)

わたしはアパートを出、不動産屋に寄り、鍵を返し、
敷金の半分を返してもらい、(半分は返ってこなかった)
小さな鞄をひとつ肩に提げて、駅に向かった。

3日に一度は無理をしてでも通った、
お気に入りだったcafe【焦げ黒】の前を通った。

インク壺や壜を買ったアンティーク雑貨店【贅沢貧乏】の前を通った。

店員さんと仲良くなった花屋【翠】の前を通った。

そして駅の改札を通った。


わたしは自分が泣くかと思った。
この町を去れば、わたしはもう、ただの日下澪になってしまう。

28才の、イラストレーター志望といいつつ、
ちっとも芽が出ないで(いくつ賞に出しても良い結果は出ない)
スーパーのお総菜コーナーとレンタルDVD店で働く、
キクズと専門学校時代の友達数人としか話さない、
ストレスにきびに悩む、地方出身のただのオンナになってしまう。

そして、雑誌やWEBで頻繁に紹介される、
カフェや絵本専門店やパンケーキ店、カレー店
北欧風の定食屋さんは、もはやご近所ではなくなり、
【そこに頻繁に通うおしゃれなワタシ】を、
もう、わたしは発信できなくなる。

涙を待った。


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10分後、わたしはなぜかすんなりと電車に乗り(泣かなかった)
さらに30分後、急行の止まらない小さな駅で降りた。

新しく借りたアパートに行き、
(階下には足の悪いおばあさんが住んでいた)
窓を開け、引っ越しのトラックを待った。


トラックを待つ間、わたしは手帳を出して、
3色のボールペンで小さな絵を描いた。

小さな女の子の絵だ。
女の子の顔の横に吹き出しをつけた。

おかえり、と書いてみた。

ただいま、というわたしの声が
何も無い部屋に響いた。


ただいま。


(65行DEおしまい)



※またも10行で収まらず、今回は65行になりました。
次回は10行で収めたいなあ。












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by houki666 | 2014-01-31 10:29 | 10行de話(あなたの隣に)
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