いろいろ空想してそれを文字にしています。haiku、10行の話、空想レシピなど。
by 空想家sio


必要なこと 【110行DE話】

おかしい、と感じ始めたのはいつ頃だったろう。
いつの間にか、道行くひとが僕のことを見て
なんともいえない優しい表情をするようになったのは。

その時、僕は平凡な32才の男だった
容姿も平凡なら、年収も平凡だった。

仕事帰りにドラックストアに寄って安い発泡酒を買い、
つまみにとサッポロポテトバーベーQ味とか、
じゃがりこやらを買う本当に平凡な会社員だった。


なんともいえない優しい表情には、主に夜7時以降に出会った。

優しい表情には段階があって、夜7時から9時くらいまでは
カマンベールチーズが少し柔らかくなったような段階。

夜9時から11時くらいまでは、お餅が雑煮椀のなかで
とろりとほの崩れてしまったような段階。

そしてそこから深夜12時くらいまでは
もはや、ぷくぷくと太った赤ちゃんのほっぺみたいな段階。

あまりにひとが僕を優しい表情を見るので、
そのせいで、ぼくは深夜近くに
アダルトなDVDを借りるのを諦めたほどだ。

(時々、うきゅっ、とか囁かれた。
そう囁く若い女性に頭を撫でられそうになったこともある)

本当に可笑しな状況だった。



生意気な妹、柚凛(ゆりん、会社員でありながら大学に通う。
専攻は心理学。独自の精神分析を開発中)に

それとなく、この状況について聞いてみた。
柚凛はしばらく考えた後、こう言った。

「多分、それは兄さんが一日の経過と共に
時間を遡っているんじゃないかな」

「は?何それ?」

「だからシンデレラみたいにさ、深夜零時に向かって
兄さんが若返っているの、赤ちゃんにまで。
だから深夜にアダルトDVDを借りたとき、
優しいまなざしを受けたのよ。
赤ちゃんがDVD借りに来るなんて、うふふ
めちゃくちゃ可愛いじゃない、それもアダルトなんて」

「可愛かねえよ!」

僕は妹に話したのを後悔した。


しかし、事態は妹の言う通りだった。

僕はなぜか、深夜12時に近づくにつれ
若くなっているのだ。

それに気づいたのは、残業をしている時
会社の同僚の女の子に指摘されたからだ。

「ねえ、あなたって不思議。夜になればなるほど、
髭が薄くなって、肌がつやつやしてくるのね。
うらやましい。よく効くドリンク剤とか飲んでるの?」

僕はトイレに行って、鏡を見てみた。

本当だった。ぼくは22才くらいの僕になっていた。

背格好はそのままだが、肌や髪は若返っていて
希望に溢れた溌剌とした雰囲気があり、
確かに色々と夢見ていた大学生の頃の僕だった。

その時は夜の8時くらいだった。


それから僕は1時間ごとに鏡を見るようにした。

すると夜の9時を過ぎると僕は高校生の頃の僕になり、
夜の10時を過ぎると中学生の頃の僕になり、

そこからは分ごとに若返り、12時近くには
可愛い可愛いと親戚、知り合いじゅうから絶賛された
赤ん坊の頃に戻るのだ。

黒目がちの、疑うことを知らない
赤ちゃんあざらしのようなまなざしが
鏡から、ぼくを見返している。

僕自身だって、優しい表情で
僕を見てしまう。

うきゅ~、と動物みたいな声を出して
頭を撫でてしまいそうだ。


それを発見して3日目に、
改めて、けったいな妹、柚凛にメールした。

これこれこういうワケだった、というと
妹は、やっぱりね、というタイトルで返信をよこした。

妹は僕に転職を勧めた。

小さなBARを開け、というのだ。

【兄さんに癒やされたい人間がたくさんいる。
営業時間は夜7時から深夜12時まで。
これで充分、やっていける。
店の名前は「玉葱の皮」で決まり。
剥いて剥いて、最後には赤ん坊になるからね】



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1年後、ぼくは小さなBARを開いた。

(物件を探しながら、半年間はBARで働いた。
シェーカーを振れるようになり、簡単なつまみなら
作れるようになった)

店名は妹に半分従って、【onion】にした。

玉葱のピザやサラダをおすすめ料理に並べ
パールオニオンの白ワインビネガー漬けを
飲み物に数個添えるようにした。

店は案外繁盛した。

だいたいが独りのお客さんで、
僕の顔を見ながら、カクテルを数杯飲み、
簡単なつまみを食べて帰って行った。

12時近いほどに店は混み、
皆、静かに僕がシェーカーを振るのを見つめていた。


数年後、あることが起きて、僕は若返らなくなった。

そのあることとは平凡すぎて
ここに書くこともためらわれる程だ。

(あるひょんのことから、ひとりの女性と出会い、
双子の女の子を授かり、結婚したのだ。
女性は48才で、出産するにしては高齢だった。
妊娠が分かったとき、女性はとても喜んだ。
実はもう諦めていたのだ、と泣いた。
女性は無事に元気なふたりの赤ん坊を産み、
僕は年相応の容姿を24時間保つようになった)


このことについて妹の見解を聞きたかったが

妹はすでに独自の精神分析法を開発し、
それをより強固なものにするため、
チベットの山に籠もってしまっていたので
聞くことはできなかった。

(さすがに電波状況が悪く、
メールさえも届かなかった)

が、もう聞かなくても良いような気もする。

必要なことが起こっただけなのだ。


ちなみに
BAR「onion]は今も繁盛している。



※もう10行DEお話は戻ってこないのかも?
と悲しい予感を抱いています。
返ってきて~、10行DEお話、さん!




















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by houki666 | 2014-02-02 16:45 | 10行de話(あなたの隣に)
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