いろいろ空想してそれを文字にしています。haiku、10行の話、空想レシピなど。
by 空想家sio


鹿埜類詩集5 【ヘンゼル1986】

ヘンゼル1986(1stアルバム「幻燈会」より)


襖の向こうで声がした
あれはマザーとファザーの声だ

「あの子は思ったより頭が悪いですね」
「偏差値が伸びない」
「おまけに太っている」
「運動もできないんですよ」
「もう駄目でしょうね」
「何をやってもパッとしない」

ああ、ぼくは今夜捨てられるだろう
ポケットにパンを、パンを詰め込んでおこう


声はだんだんと辛辣になる
ため息と失笑、氷のような声だ

「今回の模試もさんざんでした」
「塾の月謝はいくらなんだ」
「わたしのパート代と同じです」
「こづかいは何に使っているんだ」
「漫画とゲームですよ」
「あの子がいなけりゃ楽になるな」

ああ、ぼくは今夜捨てられるだろう
暗い森昏い森、パンをちぎって道しるべに


襖の向こうで声がする。
マザーとファーザーの秘密の会議

「妹はできがいいな」
「ええ、あの子は素直ですから」
「おまけに顔が可愛らしい」
「脚も長くてスタイルが良いのです」
「妹に手をかけてやろう」
「ええ、そのほうがいいでしょうね」

ああ、ぼくは今夜捨てられた
ポケットにパンを、・・・・・パンが無い。
ああ、ぼくは今夜独りぼっち
暗い森昏い森、ギターピックをポケットに入れ

【語り】
ヘンゼル1986
(ナインティーンエイティシックス)
それからぼくは学校をやめ、歌を歌い始めた
ヘンゼル1986
(ナインティーンエイティシックス)
棄て子なんだ



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HP【鹿埜類幻燈博覧館】管理人鴉氏による、注釈


先日、テレビをつけると
見覚えのある女性が映っていた。

10年前、同棲していた男性と
共にドラック所持を疑われ、

(結局は不起訴となった。
が、男性は逮捕された)

実質上女優を辞め、
単身ニューヨークに渡っていた、
恵那遥(えなはるか)だった。

彼女は、女優に復帰するということで
都内の小さな演劇スタジオで
記者会見を開いていたのだ。

薄化粧に加え、
セーターにジーンズという軽装だった。

演劇スタジオのロビーでの会見で
照明も無く、その頬は青白んで見えた。

が、ペルシャ猫を思わせる華やかな美貌と
そのまっすぐな美しく長い黒髪は健在で
大女優への階段を上り詰めていた頃の
周りを圧倒するようなオーラは
そのままにあった。

恵那遥は、独特の
ぽつぽつとつぶやくような口調で、
周りのレポーターたちが
差し出すマイクを避けるように
時折顔を伏せて、語っていた。

「いろいろと、ご迷惑をおかけ、
したこと、を、お詫びします。
この10年、ニューヨークで、
演技の勉強をこつこつと、やってきました。
今回、帰国したのは、小栗さんから、
直接、舞台のオハナシをいただき、
ぜひ、やってみたい、と思ったからです」

隣に、小栗という髪を茶色に染めた
背の高い男が立っていて、それを受けて、
快活に笑い、こう言った。

「恵那さんを初めて見たのは小学生の頃でした。
もちろん、あのドラマです。

(レポーターたちが笑う)

ぼくはあのドラマでの、
恵那さんが演じたメグに
本気で恋をしまして、
その恋は今も続いています。

この舞台でぼくは長年の恋を
成就させたいと思っています。

恵那遥さん、まずは、
ぼくのラブコールを
受けてくださってありがとうございます!
今後、ますますラブラブになりましょうね~

(レポーターたち、どっと笑う)」


小栗という男は
【跳16角形】という劇団を率いていて
昨年、有名な脚本賞も取ったのだそうだ。
役者としても、映画やテレビドラマで
活躍しているらしい。


が、そんなことをどうでもよかった。
わたしは小栗という男が
「あのドラマ」と言った瞬間に
テレビのリモコンを取り、ボリュームを上げた。

案の定、流れてきた。

鹿埜類の「ヘンゼル1986」が。

「あのドラマ」は主演女優であった恵那遥が
ドラック所持の疑いで騒がれてから
再放送はおろか、予定されていたDVD化も
とだえてしまった。

最高視聴率42パーセントを取った、
「あのドラマ」が再放送されている間は
鹿埜類のアルバムも不定期ながらも
再発され、その名前が
店頭からは消えることはなかった。

が、恵那遥がニューヨークに去り
その後、鹿埜類の音源は
手に入らなくなってしまった。

すべて廃盤となったのだ。


わたしは10年ぶりにテレビから流れる
鹿埜類の歌声に聞き入り、
鹿埜類を世間に知らしめたこの曲が
「あのドラマ」の主題歌になって
しまったことを残念に思った。

「あのドラマ」は近親相姦、虐待、
貧困、自殺といったドラマでは
タブー視されていた題材を多数扱い、
小・中学校などではできる限り
見ないようにと言われるほどの問題作だった。

恵那遥が演じたメグの、
脚本家のいうところの
「宿命としての受難者」としての最期は、
大新聞がコラムに取り上げるほど
衝撃的なもので、その最期の場面に
大音量で流れた「ヘンゼル1986」は
鹿埜類をも受難者にしてしまった、
のかもしれない、とわたしは思い至ったのだ。

(もしかしたら恵那遥も)


そう、恵那遥(えなはるか)と
鹿埜類(かのるい)は、当時
どちらも17才の少女だった。

(鹿埜類もドラマに出演した。

恵那遥が演じたメグが足繁く通った
ライブハウスの出演者として、
時折、登場した。

そこでピアノを前に

短く刈った髪から覗く小さな耳に
安全ピンを何本も刺した、
「零(レイ)」という名の
性別不明のシンガーとして
【ヘンゼル1986を】歌った。

或いは【センチメンタル・井戸】を歌った)


このドラマに出演したことで
ふたりの17才の少女は一躍有名になり
それぞれの道を歩んでいった。

恵那遥は次々とドラマや映画に主演し、
奔放な私生活を隠さず、
雑誌やワイドショーを賑わし、

鹿埜類はテレビ出演を断るようになり
作る曲はだんだんと難解なものへと変わり
契約していたレコード会社や事務所と
トラブルを頻繁に起こした。

そして、ふたりともある時を境に
忽然と姿を消してしまった。



恵那遥の記者会見を知った方が
管理人にコメントをくれた。

岡山に住む、教師ヘンゼルさんだ。
紹介しよう。

「鴉さま、
HPいつも拝見させていただいています。
わたしは岡山在住の42才。
高校で国語の教師をやっております。

(中略)

鴉様はご覧になったでしょうか。
先日、恵那遥が女優に復帰するとのことで
10年ぶりにテレビに映っていました。

何やら舞台をやる、ということでの
会見だったらしいのですが、その間、
鹿埜類の【ヘンゼル1986】が
流れた様子です。

(妻が見ていて教えてくれたのです。
妻はわたしが十代の頃からの
熱烈な鹿埜類ファンだということを
知っておりますので)

(中略)

同い年の恵那遥の健在を知り、改めて
何故、鹿埜類は死んでしまったのか、と
悲しくなりました。

妻は辛辣なリアリストですので、
(妻も元教師。数学を教えていました)

「鹿埜類は20代半ばで引退して
姿どころか、声さえも表に出てないんだから
その時点で死んでしまったようなものじゃない。
めそめそするほどのことじゃないわよ」

と、昨年の秋の訃報を聞き、
白髪がどっと増えるほどショックを受けた
わたしに言いましたが、

(彼女なりに慰めてくれたのです)

それでもやはりこうして
彼女の不在を感じると
今も、気持ちが落ち込みます。

(後略)」


わたしも「教師ヘンゼル」さんの
気持ちがよく分かる。

わたしには妻はいないが、時折姉に言われる。
姉もリアリストで辛辣家だ。

先日も言われた。

「あんた、いい年をして
まだ鹿埜類なんて言ってるの?
え?HP作った?
youtubeにも曲をUPしている?
ばかね、そんな暇があったら婚活しなさいよ。
あんたが年取って倒れたり、
ぼけたりしても、
あたしは面倒見ないわよ。
亭主と親で精一杯なんだから」

(どうやら姉はジブンが倒れたり、
ぼけたりする可能性は
皆無だと思っているらしい)



もうひとつ、このHPに
寄せられたコメントを紹介しておこう。

埼玉に住む、涙壺さんからのものだ。

「こんばんは。
中学、高校と、女の癖に
鹿埜類に恋していた涙壺と申します。

(鴉様、笑わないでくださいよ、
だって類は本当に美少年でしたもの!
というか、少年と少女の間にいる何か
類い希なるベツナモノ、でした・・・)

(中略)

ところで、鹿埜類の夫であった
岸田蒼汰の近況が、息子が買っている
音楽雑誌に出ていましたのでお知らせします。

岸田蒼汰氏は今度、あるロックバンドの
再結成コンサートツアー(全国7ヶ所)の
サポートメンバーとして参加するそうです。

岸田蒼汰が表に出てくるのは久しぶりで
楽しみだ、と雑誌の編集後記にありました。

そういえばここ10年くらいは
蒼汰氏はアイドルのプロデュースとか
中堅シンガーのTやKに曲を提供したりとか
裏方に徹していましたものね。

(やはり類の病状が良くなかったのかしら?
類が引退してしばらくは、先に書いたKの
コンサートツアーに参加したりしていたのに)

わたしは類が大好きだったんですけど、
蒼汰氏のギターも同じくらい
好きだったので、
もしチケットが取れたら
行ってみようと思います。

それにしても、蒼汰氏、
50才を過ぎても
ハゲもせず、太りもせず、
あの頃の雰囲気を保っていて、すごい!

きっと類も変わらないまま、
逝ったんだろうと想像して
面影を追って、こころを慰めています。

(後略)」


涙壺さん、
わたしは40代後半ですが
もうすでに、ハゲて、太っています。(笑)

しかし、晩年(といっても45才でしたが)の
鹿埜類が外見的にどのように変わっていても

(できれば太っていてほしかったと思います。
彼女は食べられずに苦しんだと聞いているので)

わたしはやはり、彼女は
彼女のままであったと思うのです。

魂はそのまま、逝ったのだ、と。

そしてそれが、時折悲しみに変わるのです。



【追記】

この頃は、HPに来て
コメントを残してくれる方が増えてきました。

また、恵那遥の復帰が報道されてからは
アクセス数もUPしています。

何らかでも鹿埜類を知る方、
思い出す方が増え、その結果、
鹿埜類の音源が
復活することを願っています。


(HP【鹿埜類幻燈博覧館】鴉・随想より)

















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by houki666 | 2014-02-06 12:22 | 鹿埜類詩集(吟遊詩人)
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