いろいろ空想してそれを文字にしています。haiku、10行の話、空想レシピなど。
by 空想家sio


ぽっぺん先生と。(空想ごはん)

独活大学の学食にパートのおばさんとして
働き始めたのは、秋の終わりだった。


わたしは長らく専業主婦だったが

(31才の時に大きな病気をし、
長く入院をした後、働かなかった)

50才を迎えた夫の給与が
階段をひとつ飛ばしで降りたかのように
急にがくんと下がってしまったので

思い切って働くことにしたのだ


10年前に買った中古マンションの部屋から
(7階、ローンはもちろん残っている)
見える広大な敷地があった。

雑木林に囲まれたそこは、
このあたりの鳥たちの住処になっていて
日暮れになると鳥たちはそこをめざし、
帰って行った。

(わたしは幼い頃からの
バードウオッチャーなので
マンションのベランダから
それをいつも眺めていたのだ)

そこには馬場もあるらしく
朝早く散歩すると、時折馬のいななきが聞こえた。


わたしはそこが独活大学という
私立大学であることを知っていたが、

(そしてそこには幼稚園も
中学校もあることも知っていたが)

こどものいないわたしは特に
鳥たちの大切な住処として以外
特に関心はなかった。

それが、仕事を探し始めたある日
独活大学の学食は美味しい、と評判を聞き、
俄然、興味が湧き始めたのだ。


わたしの唯一の欲は、
「美味しいもの」を食べることで

それも、「グルメ」と呼ばれるような
美食をレストランで食べることではなく

普通の家庭の食卓に出されるような
「美味しいもの」を食べる機会を得ることに
熱意を日々、燃やしていた。

(トラックやタクシーの運転手さんで賑わう
定食屋さんの鯖の味噌煮や、
駅裏にある居酒屋の突き出しの梅煮やら
魚市場の近くにあるcafeの貝のスープやら
料理上手のスナックのママが作る焼きうどんやら
そういうものを食べるのがわたしは好きだった)

わたしは俄然、独活大学の学食が食べたくなった。


評判を聞いた数日後、
独活大学の事務局に電話をしてみた。

「そちらの学生食堂で求人はありませんか?」

単刀直入だ。

「ありますよ」

あっさりと電話口に出た男性は答えた。

「働かせていただけませんか?
近所に住んでいる、42才オンナです
歩いて通えます、交通費いらないです」

男性は笑って、面接に来るように行った。

わたしは翌日面接に行き、あっさり採用された。


学食の仕事は、朝8時半から午後4時半までだ。
朝は仕込みをし、午前11時からお昼が始まり
午後3時過ぎには終わり、その後、片付けをする。

念願叶い、お目当ての独活大学学生食堂の昼定食は
毎日、食べられることとなった。

評判通り、美味しかった。
定食に何品かつく地味なおかずが
なんともいえないほど、普通で、美味しかった。


学食で働いてすぐ、わたしは気になるひとができた。

そのひとは大学の助教授らしかった。

度の強い眼鏡をかけ、くたびれたスーツに
くたびれたネクタイをぶらさげ、
いつも歩く度に奇妙な音がするつっかけを履いている。

そのひとは、いつも気のない感じで、
定食の食券(青いセルロイド)を頼み、

わたしたちが定食の蟹コロッケを揚げたり
おひつからごはんをよそっている間、

カウンターに肘をつき、ぼんやりと何かを考えながら
デコボコの薬缶を引き寄せて、麦茶を湯飲みに注ぐのだ。

そして、定食を手に外に出て行く。

つっかけをぽっぺん、ぽっぺんと鳴らしながら。


わたしはベテランのパートのひとに、
あのひとはどういうひとか、と聞いた。

「変わり者の先生よ、いつも外で食べるの。
沼の近くの木の下で、食べてるわね。
ぼうっとしているのか、よく食器をこっちに
持ってくるのを忘れるの、迷惑なハナシよ」

そのハナシはわたしのツボにはまった。
わたしはそういうひとが好きなのだ。

わたしはそのひとの名前を心に刻んだ。
いつか喋ってみたいと思った。


その機会が来たのは、ある雪の日だった。

関東には珍しく、夜明けから雪が降り始め、
朝には8センチほど積もっていた。

その日は土曜日で
基本的に授業はなかったが
学食は開けることになっていた。

授業の無い日ほど、学内で
お昼を食べあぐねる教授や職員が多いのだ。

雪の影響でバスや電車が遅れた。

わたしの携帯電話は、他のパートのひとからの
「ごめん、遅れる」「車が出せるようになったら行く」
「こどもを受験会場に送っていくから休む」
というメールで埋まった。

まだまだ雪は降るらしく
わたしはゴム長靴を履いて大学に向かいながら
今日はずっと独りかもしれない、と思った。

学食に定時に着き、独りで準備を始めた。
独りだったので、学食の献立を変更した。
揚げ物をやめることにした。

(ひとりでは揚げ物をしながら
ごはんや味噌汁をよそえない)

予定していた菜の花とじゃこのかき揚げをやめて
それを炊いたごはんに混ぜることにした。

献立を書く黒板にこう書いた。


本日(雪の日)の定食
けんちん汁
菜めし(じゃこ入り)
蕪とはんぺんの煮物
つけもの(胡瓜、たくわん)



雪はますますひどくなった。
食堂のテレビをつけると、
交通はいたるところで混乱していた。

12時、わたしは独りで、客を待った。
教授陣や、事務局長や守衛さんを、
卒論を書くため図書館にいりびたっている学生達を待った。

が、なぜか誰も来なかった。

わたしはつまらなくなり、
食堂のテラスに出て、雪兎を作った。


雪兎を3つほど作ったところでそのひとが現れた。

いつも通りに青いセルロイドの定食の食券を出し、
やかんの熱いお茶を湯飲みに注いだ。

そのひとはけんちん汁が好物らしく
わたしがそれを椀によそう時、
「できればたっぷりと」と注文をつけた。

そのひとは定食のトレイを持つと
テラスへ出て、ひょいひょいと雪を踏んで
沼の方へ行ってしまった。

こんな天気でも外で食べる気らしかった。
わたしは嬉しくなり、腕まくりをした。

献立の黒板にこう、書き添えた。

「沼のほうにいます。
お昼をご希望の方はこの番号に電話してください。
すぐに参ります
090-○○ー××××」


そしてわたしは青いセルロイドの食券を買い、
トレイに定食を並べ、そのひとの後を追った。

そのひとは雪を頭にかぶりながら、
けんちん汁をすすっていた。

うっとりと雪を吸い込むような綠の沼を眺め、
雪を枝にのせた木々たちに潜む鳥たちや
構内にいる様々な生物たちと静かに交信していた。

(わたしにはそう見えた)

「一緒に食べてもいいですか?」

わたしは声をかけた。

「あなた、テラスにある雪兎を作った?」

わたしが頷くとそのひとは

「良い出来です」と笑った。


ふたりでけんちん汁をすすり、
雪が降りかかる菜めしを食べた。

わたしの携帯電話は一度も鳴らなかった。


わたしはそれから時々、そのひとと喋るようになった。
喋ることはほとんど生物のことだ。

(特に鳥)

わたしは大学の講義を受けるより
遙かに有益なハナシを

カワセミとの愛のハナシは何度聞いても泣ける)

そのひとから聞いている。


良いパートの口を見つけて、幸福だ。


(fin)



【この話に出てきたお料理】

鯖の味噌煮(八丁味噌)
梅煮
(ブランデーで)

貝のスープ
(にんにくバターたっぷり)
焼きうどん
(豊橋の竹輪入り)
けんちん汁
(そのひとの好物)
菜めし
(じゃこ入り)
蕪とはんぺんの煮物
(白くて可愛い)
つけもの
(歯に冷たい)








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by houki666 | 2014-02-08 13:42 | 空想ごはん(何がご馳走?)
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