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いろいろ空想してそれを文字にしています。haiku、10行の話、空想レシピなど。
by 空想家sio


隣の不良くんたち 1

○蘭男子高等学校というのがある。

県下では最低偏差値、
しかも【不良(古い言葉だ)の巣窟】
ということで、一般人としては
できるだけ近づきたくないと願う高校だ。

(親としてもそこだけには
なんとしても入れたくない学校だと聞いた。

教師もそこに異動になることを極端に
怖れているという。)


その高校がある町内にわたしは住んでいる。

しかも、超近所。

スープの冷めない距離だ。

(間違っても奴らにスープは運ばないが。

もし運んでも、
スープが入っている鍋を蹴られる、

いや、もしかしたらスープの中に
頭を突っ込まれるかも・・・・・

「おまえ、誰じゃあ?
は?スープ?
おまえみたいなおばはんが
作ったスープなんて誰が飲めるか~っ!」

と、頭を押さえつけられ

自分の作ったスープのなかで
おぼれ死ぬ、そんな可能性もあるかも

うん、なきしもあらず)




昨年の秋、夫が転勤の辞令を受け、
夫とわたしは大急ぎで家を探した。

(転勤まで10日しか無かったのだ。
夫の勤める会社は名は有名だが
完全なるブラック企業だ。すごく忙しい。)

わたしは夫の新しい勤務先から
電車で30分ほどの、急行列車が止まらない
ある小さな駅に目をつけた。

(急行列車が止まらない駅、というだけで
家賃が格段に安くなる。各駅停車万歳だ!)

そしてその駅近くに住むことを安易に決定した。


しかも、夫婦揃って不精者のわたしたちは
ネットで物件を探すことにした。

転勤先は遠く、(新幹線で1時間半かかる)
とても足を運ぶ気になれなかったのだ。


数日後、築年数、階数、間取りの割に

(築年数7年、5階、角部屋。
リヴィング広く、オートロック。
南向きのベランダは広くお茶会ができるほど)

安い家賃のマンションを見つけた。


夫とわたしは嬉々として、そこと契約した。

(さすがに契約とあって、
転勤先の地に足を運んだが、
不動産屋と入居するマンションの部屋に
立ち寄っただけで周りの環境など
あまり調べなかった。

わたしたちには子どもはいないし、
家の中さえ快適ならどうでもいい、と
思っていたのだ)


が、引っ越してみて驚いた。


わたしたちが住むマンションの向かいに
その○蘭高校はあり、

(マンションの前は
通学路になっており、

マンションの駐車場は、
関係者以外立ち入り禁止という立て看板が
あるにもかかわらず、

生徒達の快適な喫煙所になっていた)


夫とわたしが契約したマンションの部屋の
お茶会もできるほど広いベランダからは

その学校の様子が良く見え、

(学校は4階立てだった。

校舎の屋上は社交場になっており
麻雀の卓が置かれ、時には
バーベキューセットが持ち込まれ
じゅうじゅうと肉が焼かれていた。

もちろん、乱闘もあり、
黒い学ランが血に染まっていく様子を
ありありと見ることもあった。

校庭も丸見えだった。

そこでもよく生徒達は闘っていた。

ある時なんか
バイクの軍団が校庭に乗りつけ

拡声器を使って、誰かの名前を叫んでいた。

S沢、出てこい!なんて・・・。

そのうるさかったこと!

さすがに誰かが通報したらしく
警察がウワンウワンとサイレン鳴らしてきた)


これらにより、このマンションの環境は
精神的にめちゃくちゃよろしくない、

と理解したからだ。





わたしは早速夫に報告した。

「あのさあ、あの向かいの男子校、
めちゃくちゃ悪いトコみたいだよ」

「ふうん」

夫はネクタイを外しながら気のない返事をした。

「あのね、今日なんか
新入生VS在校生で闘ってたよ

校庭で殴り合いだよ!

てっぺんとっちゃる、なんて
叫んでさあ、1時間目から
6時間目までずっと乱闘だよ。

桜舞うなか、ただただ殴り合いだよ」

「へえ、元気いいなあ」

「ちょっと!元気いいどころじゃないよ。
あそこは無法地帯だよ、治外法権!
特区だね、暴力特区!違う国!」

「ねえ、メシはまだ?」

「え?・・・ああ、ごめん」

わたしは慌てて、エプロンをつけ
鍋のなかの肉豆腐を温めた。

それとコロッケ。
キャベツ千切り。

皿に盛り、出す。

「なんか、貧しくね?」

夫は痩せている癖に大食らいだ。

(おまえはギャル曽根か?
ってくらいよく食べる)

「今日はさ、乱闘見るのに忙しくて。
買い物に出るのが遅れちゃって・・。
冷凍庫にこの間の餃子、あるよ。
それも焼く?」

夫はうなずき、箸を取った。
そして、ふふふ、と不適に笑った。

「なあ、おまえ、ここ数年で
一番調子良さそうじゃん」

「え?」

「きっとその乱闘を見るのがいいんだな。
刺激になってるんだよ。
まったく違う世界を毎日覗いてさ。
価値観の逆転っていうの?
そういうのが起こっているんじゃない?」

「そ、そんなことないよ」

「だってさ、クスリ飲んでない割に
毎日、メシ作って買い物にも行けてるじゃん」

「あ、・・そういえば」

引っ越してきてからは、
新しい病院を探すのが面倒くさく
心療内科には行っていなかった。

つまり毎晩飲んでいた睡眠薬も、

強烈に太ってしまう元になった
あのクスリも飲んでいなかった。

「ほらな」

夫はなぜか、勝ち誇ったように言い、
鉄鍋で焼いた熱々の餃子を頬張り、

「あちい」とむせた。





3年前、切迫流産をして以来

(それが3度目の流産だった)

わたしは、なんとなく
カラダの調子がすぐれなくて

働くことも無く、
友人と会うことも無く

ただただ家にひきこもっていた。


わたしは人生の目的を見失ってしまっていた。

わたしの30代後半は
子育てに費やされる筈だった。

そのため、20代はがむしゃらに働き、
出産費用やらマイホームのための資金を貯めた。

しかし、それらの資金は
不妊治療代としてそのほとんどが消え、

夫は、あまりのわたしの【熱意】に
だんだんとわたしが
希求する未来に対する興味を失っていた。

夫は転職をし、仕事に打ち込むようになった。

(それまでは好きな音楽をやるため
ふらふらと飲食業などを転々していたのに)


夫は排卵日の前後の性交を
馬鹿らしいと言うようになり、

いくら頼んでも
病院に行かなくなり、

(そこではアダルトDVDを観て
精子を取ることをした)

子どもがいない未来を

「かえって気楽だぜ
教育費も馬鹿にならないし。
不登校とか、いじめ問題とか
その他モロモロのこどもを育てるリスクを
まったく負わないっていうのも
賢い人生の選択かもよ」

と言うようになった。


わたしは取り残され、独り、鬱々と
「あるべきだった未来」を
諦めきれずに夢想した。

そして、時々、さめざめと泣いた。

心療内科に通い始め、クスリを飲み始めた。




その日からわたしは
マンションのベランダから見る
「○蘭高校」の様子を、
毎日日記に書くようになった。

(告白しよう。
夫の言うように、
確かにわたしは、
彼らの毎日を見るのが
楽しみになっていたのだ)

これはその日記を元に書いているものだ。


隣の(正確には向かいだが)
黒い学ランを着た不良君たちに

いつの間にか助けられていった

42才の誕生日を一昨日迎えたわたしの記録だ。


【裏録、○蘭高校】だ。

(2へ続く)























by houki666 | 2014-04-03 11:14 | 隣の不良くんたち
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