いろいろ空想してそれを文字にしています。haiku、10行の話、空想レシピなど。
by 空想家sio


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鹿埜類詩集8【ひかり】

【ひかり】ラストアルバム【十字塔】より)

ぼくは修道士のきみと
ロシアの枯れた野を行く。

きみは滑稽なほど
髪を伸ばしていて、
誰もきみを修道士とは思わない。

農夫が聞く。

「かみさまはあんたを
おゆるしなのかい?」

きみは答えた。

「もちろん、この髪は
神が伸ばしていらっしゃるのだ」


ぼくは朽ち果てた修道院にいる
母に会いに行くのだ。

きみは無精髭を泉に映し
これもまた神のおぼしめしという。
聖なる髭だと笑う。

農婦が聞く。

「あんたたち、汚すぎるよ
カラダでも拭いたらどうだい?」

ぼくは答えた。

「無論、汚いのは承知。
しかしこれもまた神のおめぐみなんだ」


明け方、青いひかりを見た。
母が死んだ、という神からの
知らせだった。

ぼくはそのひかりに祈った。

「母はひかりでした
それを翳らせたのはぼく。
汚いのは承知です
このまま行かせてください
亡骸を抱かせてください」

ぼくが祈る間、
きみは青いひかりを浴びて
無精髭のまま眠っていた。

それは聖なる眠りだった。

【語り】

ぼくのひかりは、あなた。
あなたこそ、神のめぐみ。



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HP【鹿埜類幻燈博覧館】管理人鴉氏による、注釈】


婦女公論が発売された。

煙草を買うついで、と自分に言い訳し、
テレビガイドと一緒に買った。

(テレビガイドは照れ隠し。
いい年をしたおっさんが
婦女公論を買うには勇気がいる)

立ち読みさえしたことのない
【婦女公論】を買ったのは

(それも発売日の朝)

もちろん、鹿埜類の母親だという
【瀬野華恵】という女性の手記を読むためだ。

しかし、なかなかページを開けなかった。
出勤時間となり、それを持ち、会社へ行った。

自分に言い訳をした。
昼メシを喰いながら読もうと。

が、昼休みにも読まなかった。

(会社の若い男を誘って
焼き肉屋で昼定食を食べた)

そして、深夜、読んだ。


鹿埜類の母親は
しごくまっとうな手記を書いていた。

(ネットの噂であるような
おかしな女性ではない。
文章も割にうまく、何より
正直に書いている印象を受けた)


母親は
手記を書いた理由として、

摂食障害と呼ばれる病で苦しむ
母と娘たちのため、と上げ、

また、ネットにおいての
無責任な批判、様々な中傷を
身をもって受けた者として
その精神的被害の大きさを
世の人に知ってもらいたい

とも書いてあった。


が、鹿埜類、本名瀬野唯の母親、
瀬野華恵は手記の中で、ただひたすら、
我が子【唯】の早逝を悼んでいた。

(発売されたばかりの雑誌から
その内容(文章)を
そっくり引用することは
控えなけければならないだろうから、
簡単に要約する)

母親【瀬野華恵】はロシア人を父に持つ
いわゆるハーフとして生まれた。

思春期まではロシアで裕福に育ち、
その後、母親の故郷である日本へ移住した。

(その背景には多分に
政治的なものがあったようだ
父親は数年日本で過ごした後、
華恵の母親と離婚し、ロシアへ戻った。

その後華恵が結婚するまでの数年間は
苦しい暮らしぶりだったらしい。

ロシア人の父譲りのエキゾチックな美貌の
持ち主であった華恵は19才で見合いをし、
鹿埜類の父親と結婚した。

華恵は結婚の条件として
自分の母親の暮らしの面倒を
見ることをあげたという。

結婚相手の瀬野亘は裕福な家の出だった。
手記を読むと多くの不動産を持つ
旧家の出だったらしい)


結婚後、2年して
鹿埜類(瀬野唯)が生まれた。

(あまりにも
可愛い赤ちゃんで
生まれて初めて
恋に落ちたかのように
わたしは娘に夢中になった、と
華恵は書いている。

確かに類は
可愛い赤ん坊だったろう)


華恵は、類が3才になると
ピアノとバレエを習わせ始める。

華恵自身もロシアでそのふたつを
幼い頃から習っていた。

華恵の幼い頃の夢は、バレリーナか
ピアニストだった。

手記には、そのどちらにもなれる才能は
わたしにもあったと思います、とある。

自身の夢が花開く直前に
周囲の環境が変わり、
その道が絶たれてしまったと書いている。

類はピアノにもバレエにも
等しく才能があった、と

華恵は書く。

どちらにも子供ながらに
熱心に取り組み、
めきめきと上達した、と書く。

(華恵は類の習うピアノ曲や
バレエのポーズ、踊りはすべて
自分でもやってみせたらしい。
若く母親となった華恵は
類のバレエ教室の成人のクラスに所属し
発表会にも出たという)

中学に上がった類(唯だが)は
バレエのコンクールで賞を受賞し、
華恵は類をロシアへバレエ留学させようと
色々動いた時期もあったらしい。

しかし、それは諸事情が許さず
実現されなかった、という。

その頃まで、類(唯だが)は
華恵にとって
【光り】そのものであった。

(この【光り】という語は
実際手記に何度も出てくる。

「ひかりの子であった唯」
「わたしのひかり、唯」
「唯の死の知らせを聞き、
わたしは盲目になったような気がした。
世界から光が消えてしまった」

などとある)


華恵は【光り】であった類が
【影】をまとうようになったのは

思春期を迎え、
華奢であった類の体つきが
だんだんと丸みを
帯びてきた頃だった、と書く。

華恵は、類の食事制限を始めたという。
そして、それをもっとも
強く望んだのは類だった、という。


華恵は、

野菜と赤身の肉や魚を中心とした
ヘルシーで高栄養の食事を

(料理教室にまで通って)

朝晩と作るようにした。

(昼は給食があった)


華恵は書く。

「なぜ、娘が摂食障害になったのか、
実は今もわたしには分かりません。

わたしは娘に食べさせていました。
良い食事を手を抜くことなく作り、
娘はそれを喜んで食べていました。

確かにジャンクフードや甘いものを
制限してはいました。

でも当時わたしはそれをすることが
母親として大切なのだと信じていたのです。
娘の将来のため、わたしは
それをやるべきだと思っていたのです。

そして娘もそれに感謝してくれていたのです。
ママ、ありがとう、と娘はよくわたしに
言ってくれたものです。

ママが作ってくれるごはんが
一番好きだとそういつも
言ってくれていました」

それは本当のことだったろう。



当時の華恵の写真が
この手記にはなぜか掲載されている。

華恵は美しい女性だ。

どこかの女優かと思うくらい
カメラに向かって艶然と微笑んでいる。

(こんな美しい人がいつも
そばにいた類の思春期というのは
どういうものだったろうと思う。

筆者だったら、緊張するだろう。

筆者の母は出っ歯の
亀のような風貌なので
ひたすら安心感がある)


若き日の華恵は、類に似ている。

しかし美貌だけで競えば
華恵に軍配が上がるだろう。

類はもう少し寂しい顔立ちだった。

そして水彩絵の具で描いたかのような
透明感があった。(影が薄かった)

それに相対して
華恵は油絵の具で描かれた花のようだ。

濃厚で、重量感がある。



手記の前半はこんな風に終わる。

「娘がどうやら従兄弟であるSの部屋に
時々遊びに行っているようだ、
と知ったのは娘が通っている
バレエ教室の先生から、娘が、
週に3回のレッスンを2回、
もしくは1回しか来ないと
連絡を受けた頃でした。

Sはわたしの母親の姉の子どもです。
母親とその姉とは父親が違います。

(中略)

Sは好青年でしたが、高校に上がった頃から
不良というか、今で言うひきこもりを始め、
部屋でギターばかりを弾いて
過ごしているようでした。
父親を一度殴り
(父親は鼻の骨を折ったようです)
それが原因で自宅から離れたアパートで
独り、暮らして居ました。

偶然にもそのアパートは
娘の通うバレエ教室の近くにありました。

一度、娘とSの部屋を訪ねたことがあります。
悪性の風邪をひいて寝込んでいる、
と聞いたので、
栄養が足りないといけないと思い、
食事を作り、それを届けたのです。

今思うとそれが
娘の生涯のパートナーとなった
Sと娘の初めての出会いでした。」


わたしはここまで読んで
「婦女公論」を閉じた。

そして、後半を数時間置いて読んだ。

(それはまた後日紹介しよう)



冒頭に鹿埜類の最後のアルバム
【十字塔】から、
【ひかり】の歌詞を紹介した。

難解な歌詞が並ぶ【十字塔】のなかでも
特別難解なこの曲が、手記を読んだ後では

ただの作文(素直なという意味で)
のように思える。

鹿埜類は母を愛していた。

そして、できれば母の死を
見届けたいと思っていた。

亡骸を抱くことを望んでいた。


が、それはできなかった。

(できないだろうという
予感はあったのかもしれない)

しかし、それを望んで
なんとか45才まで生きたのだ。


類の死は、
やはり自死ではなかったと思う。

(こう思えただけでも
この手記を読んでよかった)




手記は連載のかたちを取るらしい。


(ネットでは早くも、この手記を受けて

【最強の毒親、登場】
【娘殺しの言い訳】
【死んだ娘を使っての売名行為】

などとひどい中傷が出始めている)


Sとして手記に登場した
岸田蒼汰(多分そうだろう)は
沈黙を守っている。

わたしも類の母親による
この連載の行方を
静かに見守ろうと思う。





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by houki666 | 2014-03-31 14:16 | 鹿埜類詩集(吟遊詩人)

鹿埜類詩集7【笹舟】

笹舟【ベストアルバム【男装女子の憂鬱~鹿埜類ベスト~】

ひそひそと誰かが
ぼくの悪口を
言っている。
いつもそうさ、
聞こえてくるんだ。

きみはそう言って、
苦しげに瞼を閉じた。

春浅き図書館の
眠たくなるような
日だまりのなかで

ぼくは
きみへとつながる
こころの川へ
笹の葉の舟をそっと流す。

ぼくはきみが好きだ。
それを伝えたくて。


どうしたって
ぼくのような人間が
生きていける筈がない。
いつだって独り
沈んでいくんだ。

きみはそう言って
ぼくを試そうとする。

混んでいるドーナツショップの
甘ったるく湿った空気の中で

ぼくは
きみへとつながる
こころの川へ
笹の葉の舟をそっと流す。

ずっときみが好きだ。
未来は今の続きさ

コワクナインダヨ

【語り】

なぜだろう。

きみは男の癖に
ぼくのカラダを
一度として
欲しがらなかった。

時折ぼくの頬に手を当て
微笑むだけで、それ以上は
何もしなかった。

あの、雨の怖ろしい夜、
ぼくたちは互いの震えを
おかしなほど感じながら
世界を敵に回すと決めた。

世界とはぼくのママで
きみのパパだった。


ずっときみが好きだ
未来は今の続きさ


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HP【鹿埜類幻燈博覧館】管理人鴉氏による、注釈

大ニュースだ。

なんと、突如、
鹿埜類のベストアルバムが
新たに編まれ、発売された。

タイトルは
【男装美少女の憂鬱~鹿埜類ベスト~】だ。

(なんちゅうタイトルをつけるんじゃ!
おじさんは怒るぞ。売れればいい、という
会社の意図がみえみえだ。)

多分、昨秋にネットを駆け巡った
鹿埜類の死の報道(憶測を多分に含む)と
伝説と化していたスキャンダル女優、
恵那遙の復帰と、
鹿埜類の夫であった岸田蒼汰が
大物ロッカーの久しぶりのドームツアーに
参加するという話題を受け、

急遽、立ち上がった企画だろう。

収録曲は21曲。

ほぼ、鹿埜類の代表曲が納められている。

(この選曲は優秀だ。
スタッフのなかに
類のファンがいたのだろう)

ブックレットがついており、

懐かしい鹿埜類の初期の
【艶姿】(とあえて言おう。
事務所はこの類を男装美少女
と定義づけているのだ)が
10ページに渡って観ることができる。


さて、問題はこのアルバムの最後に
ボーナストラックとして
新たに加えられた未発表曲だ。

(この1曲があるがために
アルバムを全部持っているファンも
ついつい買わずにいられない)

それが今日紹介する【笹舟】だ。

ファンにとってはある意味、衝撃的な曲だ。



【笹舟】
これがいつ録音されたのか、
定かでは無い。

が、音の感じからして、
これはファーストアルバムの
【幻燈会】の頃のもののように思える。

岸田蒼汰の繊細なギターストリングスと
鹿埜類による小さなピアノ曲が
語りと最後のさびの繰り返しの前に
挟まれるかたちが

初期の鹿埜類の作る楽曲に
よく見られたものだからだ。

何より鹿埜類の声がとても若く、
初々しいのもそれを裏付けるだろう。


さて、この曲を聞いて
ある疑問が筆者の頭に浮かんだ。

なぜ、ずっとこれが
発表されなかったのか?

言い換えよう。

【笹舟】はなぜ、
隠されていたのか?

封印されていたのか?


(敢えて、隠された、と言おう。

この曲は不思議に明るく、
旋律は単純でありながら美しく、
サビなどはとてもキャッチーだ。
シングルカットをしても
そこそこ売れた筈だ。
それを発表せずにいた。

そこに何らかの意図を感じる。

ここを読んでいる方なら

恵那遙主演のドラマの主題歌
【ヘンゼル1986】が売れた直後、
1stアルバム発売から半年のスパンで
2ndアルバムを発売させようとした
事務所のごり押しに鹿埜類が
苦しんだことをご存じだろう。

〈ご存じない方は
鹿埜類詩集4【実験室】を
ご覧ください〉

とにかく、初期の頃、
事務所は1曲でも多くの
鹿埜類の作る曲を欲していたのだ。

それなのに、これを隠していた)

なぜ、隠したのか?

ふたつのことを筆者は推測する。

しかしながら、筆者が
推測するふたつの答えは
見事に相反している。

隠したのは、事務所だ、という答えと
隠したのは、鹿埜類、だという答えだ。


そのふたつを並べてみる。

推測の根拠は
どちらも、曲の後半にある語りだ。


【推測1】

この語りの中で、

自身を「ぼく」と呼び、

70年代少女漫画家が描いたところの
英国や欧州の全寮制男子学校の
制服のようないでたちを常にし、

自らの性(女の子であるということ)を
封印したようなかたちで
現れた鹿埜塁が唯一、

自分の性を、率直に
告白していることに注目したい。

その告白とは、

「きみは男の癖に
ぼくのカラダを
一度として
欲しがらなかった」

というものだ。

この時点で鹿埜類は
「ぼく」は「女のカラダ」を持つ
「女female」だということを
はっきりと示している。

それは、
性別不明(ユニセックス)な
特異なキャラクターで
鹿埜類を売らんとした事務所には
都合が悪かったのだと思われる。

(実際、鹿埜類のプロフィールの
性別の箇所にはわざとらしく×がされ、
デビューアルバムの裏ジャケットには
髪を乱した鹿埜類が精巧な少女の人形に
口づける写真が使われていた)

かくして、女のカラダを持っている
という告白が入っている【笹舟】は
事務所によって封印された、のだ。

これが推測の1だ。



【推測2】

この【笹舟】を隠したのは
鹿埜類自身。

(或いは、岸田蒼汰かもしれない。
なぜなら、鹿埜類の曲作りには
常に岸田蒼汰が関わっていたからだ。
類が気の向くままに書き留めた
詞とメロディーを蒼汰が膨らませ、
時につぎはぎをして
ひとつの曲に作り上げた。
このことは早い段階で
鹿埜類が明かしている)

以前の記事で、
【幻燈会】や【カラス】に出てくる
「きみ」は後に鹿埜類の夫となった
ギタリストの岸田蒼汰ではないか?と書いた。

(未読の方は鹿埜類詩集の
2.3をご覧ください)

そして、ふたりは
七つ違いのいとこ同士であった、
とも書いた。

(これも推測だが)

この語りの最後にある

「あの、雨の怖ろしい夜
ぼくたちは互いの震えを
おかしなほど感じながら
世界を敵に回すと決めた。

世界とはぼくのママで
きみのパパだった」

は、それを裏付けている
ような気がしてならない。


いとこ同士(遠いながらも)であり、

高校時代、学校にほとんど行かず
本を読みふけり、
パパを殴ったことのある「きみ」と

(幻燈会の歌詞より推測)

バレエとピアノを幼い頃から習い
「きみ」の部屋に身を隠すことによって
その厳しい練習から逃れた「ぼく」とが

(様々なインタビューからの推測)


ある夜を境に、
「世界を敵に回す」ことにした。

それは、ふたりで生きていこうと
決めた瞬間ではなかったか?

と、筆者は思うのだ。

そして、それは
ふたりの最大の秘密であった。

でも類はそれを表に出した。

曲の中の語りとして。


(最大の秘密を
告白するのであるから、

類は巧妙な作戦をとっている。

歌のなかの【ぼく】と【きみ】と
語りの【ぼく】と【きみ】とで、

立場を反転させ、

聞き手をわざと
混乱させている。


歌の【ぼく】は少年で
語りの【ぼく】は少女だ。

つまり、歌が
フィクションで
語りが【告白】なのだ)


筆者は推測する。

事務所は【笹舟】の語りの削除を
要求しただろうと。

そして、それを類は強固に
受け入れなかったのだろうと。

そして、【笹舟】は封印された。

類の手によって。


これが推測の2だ。



どうだろう?

読者の方々の推測も
聞いてみたいところだ。



話題は変わる。

実は最近、ここを読んでいる
鹿埜類のファンの方から

鹿埜類の曲が

一部のBL(ボーイズラブ)愛好者から
にわかに聴かれ始めているらしい、

という情報をもらった。

(Twitterなどで頻繁に
そんなやりとりがあるらしい)

言われてみれば、
「きみ」と「ぼく」が
頻繁に登場する鹿埜類の曲は
ボーイズラブの設定に
当てはまっているような気もする。

確かに【幻燈会】などは、
ふたりの男の子が
(黒いセーターと白いセーターの)
猫を挟んで、畳の上で本を読みながら、
寄り添っているような光景が
目に浮かぶ。

(これを知り、突如発売された
ベストアルバムのタイトル、
【男装美少女の憂鬱】は
失敗だったかも、と思う。
あの事務所はまたも読み違えたのだ。
ざまあみろ、と筆者は思う)

しかし、しかし、
BLを好む諸君、

(これを読んでいるとはとても思えんが)

鹿埜類は【笹舟】で
「ぼく」は実は「女」なのであると
暴露しているのだ。

そして「きみ」は「男」だと
明示しているのだ。

決して、美少年同士の恋愛を
歌っているのではないのだ。

(それがどーしたよ、おじさん?
という声が聞こえるようだ)



さて、もうひとつビックニュース。

来月発売の雑誌【婦女公論】に
類の母親の手記が載るらしい。

タイトルは
【毒親と呼ばれて
~最愛の娘を摂食障害で
亡くした母親の記~】だ。

(これまた、なんちゅう
陳腐なタイトルじゃ
売れればいいのか?と
筆者はまたも思う)

にわかに
わたしたちの愛した鹿埜類の
身辺が慌ただしい。

それも彼女が世を去ってから、だ。


世間でも桜が咲き始め、
にわかに騒がしい。

筆者は鹿埜類と同じ年の従妹が
昔、戯れに詠んだ俳句を思い出す。

(彼女はとっくに嫁に行き、
今は二児の母親だ。
中年らしく太って、
介護の仕事をしている)


はろけくも喉の渇ける桜かな (sio)


類は今年の桜を
どこからか眺めているだろうか?

彼女の喉は渇いているだろうか?

筆者の喉は、渇いている。



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by houki666 | 2014-03-30 11:08 | 鹿埜類詩集(吟遊詩人)

遠野フランナ2

今朝、遠野フランナは
歯ぎしりをして、ある文章を読んだ。

それは今朝、アップされたあるブログの記事だ。

そこにはこうあった。

「なんだか分からないけど力が出ず
先週から、家に引きこもっています。
職場にも電話せず、ひたすらテレビを眺めて
ため息ばかり。
本当のわたしってなんだろう?
ぼろい縫製工場で1日働いて
口を聞くのは隣でミシンを踏んでいる、
付け睫毛収集家なんて自分を呼んでいる
イタイ独身女と口の臭い工場長やら、
結局、貧しい(心も含めて)底辺のひとたち。
わたしはあんな職場にいるような人間じゃない。
心に何度も沸き上がってくるこの想いを大切にしよう
職場には当分行かないことにする」


遠野フランナは熱いコーヒーで
わざと舌を焼き、

歯ぎしりをやめるため
コレクションの付け睫毛を
1分46秒眺めてから、職場へと行った。


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遠野フランナは縫製工場に勤めている。
この道15年の腕のいい職人だ。

大きな納期が近づいていて
職場は殺気だっている。

遠野フランナは隣の空いているミシンを眺める。

歯ぎしりの原因となったブログの記事を書いた
ヨリコという女が踏んでいたミシンだ。

数年前、ヨリコは「これ、あたしのブログ
良かったら読んでね」と遠野フランナにメモを渡した。

それをすっかり忘れ、今朝あんな記事を書いたのだろう。

「あたしだってすっかり忘れてたわよ」

遠野フランナはミシンを踏みながら独りつぶやいた。

「でも、工場長が電話もメールも返事が来ない。
いったい檜葉ヨリコはどうしたんだろう、事故にでも
あったのだろうか、心配だ、なんて言うから
ブログをやっていることを思い出して読んでみたんだよ」

遠野フランナはスジばった自分の手の甲を見ながら
檜葉ヨリコという同い年の女のことを思った。

檜葉ヨリコ。既婚者、二人の子持ち。
夫の義母を時々病院へ連れて行き、実母とは不仲。
太り気味のお腹をきついガードルでへこませている。
ラルク・アン・シエルのハイドのファンで
工場のロッカーのドアの裏側にハイドの写真を貼っている。
夫に内緒のへそくりが50万円あるらしい。

「ふん」

遠野フランナは憤慨した。

お昼休みに工場を抜け出し
ドラックストアで、新しく発売された
人気モデル【日芽】プロデュースの
付け睫毛を全種類買おうと決めた。



遠野フランナは帰宅し、
買った付け睫毛をコレクションケースに納め、
それを1時間以上眺めてから、

もう一度、檜葉ヨリコのブログを見てみた。

檜葉ヨリコは、午後の12時26分に

(まさに遠野フランナが
ドラックストアで付け睫毛を6種類
かごに入れている時間に)

小説家になろうと思う、と宣言していた。

幼い頃から物語を考えたり
文章を書くのが好きだった。
才能あるって友達にも言われたことがあるし、
このブログの読者さんにもそのようなことを
わざわざコメントされたこともある

と書いていた。

文学賞に応募する、と書いていた。


遠野フランナはコメントした。

「小説家に無事なれたら
工場にも来てください。
ハイドなる美しき雄兎のような
青年の写真もロッカーに貼ったままだし、
それにあなたのミシンの腕前は相当のものです。
時々、趣味として工場で働いてください

付け睫毛収集家(自称) 遠野フランナ」


翌日、檜葉ヨリコの
ブログのコメント欄は閉じられた。

あるコメントがあり、
ひどい侮辱を受けたので、と
理由が書かれていた。

「ふん」

遠野フランナは憤慨し、
高額で買うのを躊躇していた
フランス製の付け睫毛をネットで注文した。

あたしたちはいったいどこへ往くのだろう?と考えながら。


【FIN】










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by houki666 | 2014-03-24 09:41 | 10行de話(あなたの隣に)

落選報告

1月にふたつの小さな文学賞に
初めて応募してみたのだけど、
箸にも棒にも
ひっかからなかった模様。

う~ん、悲しい。

でも、やっぱり書いてみようと
降る雨を見ながら、思う。

空想家の看板は下げないぞ(^^)



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by houki666 | 2014-03-13 16:28 | 活動報告

sioもまた芽吹く綠のように。

3月も4日目。

sioの2月は怒濤のオシゴト月間で
覚えること、教えていただくこと満載で

乏しき脳細胞と体力をフル稼働して
必死で駆け抜けたひと月でした。

(手と足のリフレクソロジーの
実技試験、受かりました!
ペーパーテストはどうかなあ?
結果はもう少し先です)


さて、3月。

少しは落ち着くか、と思っておりましたが
思ったより、シゴトのもろもろを
任されるペースが速く

次から次へと

これ覚えてたら、これよ、
あれができたら、これもできなくちゃ

とあっぷあっぷのsioに課せられること多し。


今日も休日ですが、オシゴトのことで
調べたいことがあり、M田の図書館に行き、

(教えられるコトばかりを追っていては
後手後手に回ってしまいます。

ジブンなりの視点を持って、
教えられたコトを
専門家が書いた書籍などから
その大きな視野を借りて検証したり、

教えられたコトが意味する
その「先」を予想することが
大事かなあと思うのです。

謙虚+好奇心を持って!)

その後、覚えたシゴト、
教えられたシゴトの詳細を
PCでまとめようと思います。

(試用期間中、毎日提出する
オシゴトレポートも忘れずに記入だ!)

空想家sio、現実家sioとなってガンバレ!


それでも、まあ、
オシゴト+研修の日々は
とりあえず終わったのですから

空想家としての活動もまた
うきうきとやってみたいものです。

春はすぐそこ。

sioも芽吹く綠たちのように、
密かに芽吹きたいものです。






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by houki666 | 2014-03-04 08:43 | 活動報告